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亜熱帯の海水温 最近100年間で1度上昇
学術的背景

海洋は、地球表面の70%を占め、平均水深が約3800mにも及びます。そして、海洋は、大気の約1000倍の熱容量をもつため、気候の形成・維持に重要かつ決定的な役割を果たしています。地球温暖化を例にとれば、海洋は地球温暖化による熱の90%を吸収し、そのうちの約60〜70%が700メートルよりも浅い海に蓄積するとされています。

海洋観測の中で、海面水温観測は古くから実施されています。その結果、世界全体で平均した海面水温は最近100年間で約0.5度上昇したと報告されました(Deser et al. 2010, IPCC 2013)。しかしながら、海洋内部の水温については1970年代以前の観測データが極めて少ないため、その長期的な変化を解明することは困難であるとされていました。言い換えれば、今日まで海洋温暖化の実態は謎に包まれていました。

このようの状況の中、近年、国立研究開発法人水産研究・教育機構中央水産研究所(旧水産庁中央水産研究所)が、1910年以降の水温データ(紙媒体に記録されていた未公開データ)を発掘・整備し、結果として100万以上のデータが新たに利用可能になりました。そこで、この中央水産研究所所有の水温データと世界各国研究機関所有データの統合を果たし、100年超海洋内部水温時系列を作成することで海洋温暖化の実態に迫ることを目指しました。


目的

北太平洋・北大西洋の西側を流れる暖流の周辺海域では、冬に冷たい北風が吹き込むことにより冷やされ、重くなることで深さ500mにも達する深い対流が起こります。その結果、水温が一様な巨大な水塊、「亜熱帯モード水(図1)」が作られています。この亜熱帯モード水は、春以降に海の中に沈み込み、流れに乗ることで亜熱帯の海の広範囲に分布します。それゆえに、亜熱帯モード水水温は、地球の気候の変遷を示す指標として利用することができます。そこで、この亜熱帯モード水に焦点をあて、その水温の100年超時系列の作成に挑戦しました。
図1. 亜熱帯モード水の概略図。
約100年におよぶ亜熱帯モード水水温時系列を作成するにあたり、世界各国所有の水温データを収集しました。なかでも、水産研究・教育機構中央水産研究所から提供された水温データは膨大であり、これにより1970年以前のデータ不足を解消でき、1930年以前のデータ空白期間を埋めることができました。ただ、20世紀前半のデータは観測深度の精度が低く、これが海洋内部の水温を研究する上で大きな障害になっていました。そこで、本研究では、亜熱帯モード水の代表水温として、変質の影響が小さい「コア水温」(水温鉛直勾配極小部の水温:図2)を採用することにしました。この作業により、特定深度での議論が不要になり、観測深度の不確実性を大きく低減することができました。また、海洋観測は、空間的に万遍なく実施されているわけではありません(図3)。そこで、観測点の偏りの影響を低減するために観測海域依存性除去アルゴリズムを本研究独自に開発し(詳細は省略:Sugimoto and Kako 2016)、適用することで現時点で最も確からしい水温時系列を作成することに成功しました。
図2. 2赤線は2003年7月16日の東経147度・北緯32度(図3中赤丸地点)の水温プロファイル(℃)、青線は水温鉛直勾配(℃/100m)を表します。

図3. 2003年に実施された海洋観測点。

研究成果

本研究独自に作成した時系列により、北半球の亜熱帯の海洋内部(深さ100〜400メートル程度)の水温は、最近100年間で約1度上昇していることがわかりました(図4)。この水温上昇は、亜熱帯および世界の海面水温の上昇速度の約2倍であり、亜熱帯の海洋内部では著しい速度で温暖化が進行していることが明らかになりました。
図3.北太平洋・北大西洋の亜熱帯の海水温の変化。点線は1910年以降、実線は1948年以降のデータから算出した水温トレンド
亜熱帯海洋の内部で観察された温暖化の要因に迫るために、亜熱帯モード水が作られる海域の水温、すなわち、世界最大級の暖流である黒潮/黒潮続流および湾流の南方海域の表層水温の長期変化を調べました。その結果、いずれの海域の表層水温も、最近100年間で0.8〜1.2度の速いペースで上昇していることがわかり、これは亜熱帯の海洋内部の水温の上昇速度と概ね一致していました。このことから、亜熱帯モード水が作られる暖流の南方海域で起こった顕著な水温上昇が、亜熱帯モード水の海洋内部への沈み込み・移流過程を通じて亜熱帯の海洋内部の広範囲での著しい水温上昇をもたらしたというシナリオを新に提示しました。このシナリオは、IPCC第5次評価報告書において第5期結合モデル相互比較計画(CMIP5)に参加している22の気候モデルによる過去再現実験結果からも妥当であるという解釈を得ました。一連の結果は、海洋による地球温暖化熱の吸収過程を解明する上で重要な手掛かりになることが期待されています。

気候モデル実験などからは、地球温暖化に伴い黒潮/黒潮続流や湾流が強くなることが報告されています(Sun et al. 2013, Wang et al. 2015)。それゆえに、これら暖流の強化が亜熱帯モード水形成域での水温上昇をもたらした要因であると指摘されます。しかしながら、海流についての観測データが不足しているため、現時点でその変化の実態を言及することはできません。今後、これら暖流を監視するシステムを構築し、数十年の長きにわたり維持・継続することが、その変化の定量化を可能にし、変わりゆく亜熱帯の海の予見に重要になるであろうと考えられます。

海水温の上昇は海中酸素濃度を低下させるため、魚の成長を阻害することになります。最近の研究では、地球温暖化が現在のペースで進行すると、2050年頃には世界各地の海で魚の体の大きさが今よりも20%近く小型化するという予測結果が出始めています(Cheung et al. 2013)。本研究が示した結果に照らし合わせますと、亜熱帯海洋の魚の小型化が既に始まっている可能性、そして予測よりも速いペースで小型化が進行している可能性が示唆されます。日本周辺の亜熱帯の海は水産資源が豊富であり、日本人の食生活を豊かにしてくれています。それゆえに、これら水産資源を守り、適切に管理するためには、変わりゆく海の兆候をとらえ、その変化に柔軟かつ迅速に対応することが大切といえるでしょう。


おわりに

本研究では、北半球の亜熱帯の海水温(深さ100〜400メートル)が、最近100年間で約1度上昇していることを発見しました。この上昇は、亜熱帯および世界の海面水温の上昇速度の約2倍であり、亜熱帯の海の内部で温暖化が著しいことを明らかにしました。海水温上昇は、海水の熱膨張に伴う海面上昇を正確に見積もる上で極めて重要な変量です。本発見は、これまで謎に包まれていた地球温暖化下での海洋による熱の吸収・蓄積過程を解明する大きな一歩になることが期待されています。一連の成果はNature Climate Change誌に掲載されました(Sugimoto et al. 2017)。


関連する発表論文

Sugimoto, S., K. Hanawa, T. Watanabe, T. Suga, and S.-P. Xie, 2017: Enhanced warming of the subtropical mode water in the North Pacific and North Atlantic. Nature Climate Change, 7 (9), 656-658.

Sugimoto, S., K. Aono, and S. Fukui, 2017: Local atmospheric response to warm mesoscale ocean eddies in the Kuroshio-Oyashio Confluence region. Scientific Reports, 7, 11871, 1-6.

Sugimoto, S., and S.-I. Kako, 2016: Decadal variations in wintertime mixed layer depth south of the Kuroshio Extension and its influence on winter mixed layer temperature. J. Climate, 29 (3), 1237-1252.

研究費

文部科学省科学研究費補助金 若手研究B(15K17756)(代表)
[過去100年の亜熱帯モード水水温の構築:海洋温暖化評価と数十年周期変動機構解明]
2015年度〜2017年度



関連する解説・情報

科研費成果紹介ページ「過去100年の亜熱帯モード水水温の構築 海洋温暖化評価と数十年周期変動機構解明」

亜熱帯の海水温100年間で1度上昇 〜世界平均海面水温の2倍の速さで温暖化進行〜(東北大プレスリリース)