大気が深さ700メートルの塩分極小水(中層水)分布を変える | ||
学術的背景 北太平洋の亜表層(水深約200mから1000m)に鉛直塩分極小層で特徴づけられる水塊が広範囲にわたり分布しています。これが北太平洋中層水です(以下、中層水;図1)。この中層水は、その形成時に地球温暖化の主因である二酸化炭素を大量に吸収することが知られています(Tsunogai et al. 1993)。それゆえに、本研究課題が目指した「中層水空間規模変動特性の解明」は,地球物理学分野の話題に留まらず人間社会にも非常に重要な研究課題です。 本研究課題では中層水変動メカニズムとして「海洋ロスビー波」に注目しました。海洋ロスビー波は海洋亜表層の密度躍層深度を変えながら西進する特性をもっています。すなわち、この密度面変動により海流系の強さや幅が変わり、結果、中層水の分布域が変動するのではと着想しました。 冬の北太平洋中央部にはアリューシャン低気圧が分布します。このアリューシャン低気圧の空間スケールは数千kmにもおよび,その巨大さゆえに大気場のみならず直下の海洋場にも多大な影響を及ぼすことが報告されています。そして、このアリューシャン低気圧は2種類の変動周期をもつことが知られています(Sugimoto and Hanawa 2009):約20年周期の強度変動と約10年周期の南北位置変動です。そこで、このアリューシャン低気圧変動の役割解明こそが中層水変動機構の理解に貢献すると考えました。 |
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目的 本研究課題では近年整備されてきた観測資料(Argoフロート・船舶観測資料・大気再解析資料)と風応力駆動の数値モデルを組み合わせることで中層水変動機構の実態解明を目指しました。そして、「アリューシャン低気圧の南北位置変動」「海洋ロスビー波伝播」「亜表層海流系変動」の3つのキーワードをもとに中層水変動機構のシナリオ提案を試みました。 研究手法 中層水時間変動特性を調べるために気象庁により観測・整備された東経137度定線資料を使用しました。この定線では1972年以降冬と夏の年2回の観測が行われており、海面から中層水分布深度以深までの水温・塩分が測定されています。この観測値に秋間法(Akima 1970)を適用することで鉛直方向1メートル 間隔に補間した水温・塩分データを使用しました。そして、年平均値を作成したのちに解析を開始しました。 中層水は「塩分が34.2以下となる塩分鉛直極小層」として定義しました。また、既存の研究により東経137度定線を横切る中層水断面積は顕著な増加傾向を示すことが知られています。本研究の主目的は経年的な断面積変動を調べることにありました。ゆえに、上述した増加傾向はノイズに他なりません。そこで、いずれの観測データも予め線形トレンド成分を除去したうえで解析に用いました。 中層水変動に果たす大気強制場の影響を評価するために、米国国立環境予報センター/国立大気科学研究センター(NCEP/NCAR)作成の大気再解析資料(Kalnay et al. 1996)を使用しました。これは、緯度・経度方向に約200km間隔に格子化された資料です。主に使用した変量は海面気圧と海面風応力です。 これら複数種の資料に対し経験的直交関数(EOF)解析や相関・回帰解析、wavelet解析等の統計手法を駆使することで,中層水の変動特性、およびその要因に迫ることにしました。 加えて、中層水変動機構を物理的かつ定量的に解釈するために風応力駆動の海洋1.5層モデルを駆動しました。ここでは多様な強制場を仮定し、中層水変動をもたらす大気強制場の同定に挑みました。 研究成果 東経137度定線観測資料から得られた中層水断面積変動は、約10年規模の長周期変動が卓越することがわかりました(図2):1980年頃・1990年頃に増加、1970年代半ば・1980年代半ば・1990年代後半に減少しています。 |
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また、この10年周期変動は北緯26度以北で顕著であることがわかりました。そこで、この10年周期変動の要因に迫るために海水密度の鉛直構造を調べました。まず、図2の中層水断面積変動をもとに増大期・縮小期を定義しました。図3は各時期のポテンシャル密度偏差の断面図を表します。この結果より、北緯31度近辺での密度分布に大きな違いがあることがわかりました。すなわち、増大期では北緯31度近辺の等密度面が深化しており、その結果、中層水の分布域が北方に拡張したことがみてとれます。 |
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そこで、この北緯31度線における海洋構造を詳細に調べました。その結果、中層水断面積増大期では中層水下部ほどその密度面が深化する傾向にあることがわかりました。すなわち、増大期ほど該当深度の鉛直密度勾配が小さくなり低渦位化していたことを意味します。これは、中層水分布域の北限の拡張に適しています。つぎに、この鉛直方向の密度深度変動の物理機構に迫るために密度の鉛直プロファイルにノーマルモード展開解析を行いました。その結果、中層水下部の密度面鉛直変動は海洋第1次傾圧応答の結果としてもたらされることがわかりました。 上述した密度面鉛直変動に伴い海流系の強さが変わることが期待されます。また、東経137度で観察される中層水は東方から供給されるものであるため,その供給量変動は海流系を反映することが推測されます。そこで,中層水下部(ポテンシャル密度偏差:27.0 kg/m3)の密度面深度と年平均地衡流速との関係を調べました(図4)。 |
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中層水分布の北限にあたる北緯30度近辺には,黒潮反流(西向流)が存在します。解析の結果、その緯度帯で負の相関係数が得られました。この一連の結果は、中層水下部の密度面下降(上昇)が黒潮反流の強化(弱化)をもたらし、結果、東方からの中層水供給量の増加(減少)を引き起こすことで中層水断面積が増加(減少)することを意味しています。 そこで,この密度面鉛直変動をもたらす要因を調べました。本研究ではこの密度面変動に果たす大規模大気場の役割を定量的に評価するために風応力駆動の海洋1.5層モデルを用い実験を行いました。その結果、中層水断面積変動をもたらす等密度面深度変動は北太平洋中央部の大気強制に伴い励起された海洋ロスビー波に起因することがわかりました。 つづいて、海洋ロスビー波励起源の特定を試みました。ここで、北太平洋中央部に位置するアリューシャン低気圧こそが主因であると想定しました。そこで、私の先行研究で明らかになった2種類のアリューシャン低気圧変動に着目しました(20年周期を伴う強弱変動と10年周期を伴う南北位置変動)。その結果、中層水断面積変動をもたらす等密度面深度変動はアリューシャン低気圧の南北位置変動に対する海洋の傾圧応答の結果であることを見出しました。 観測資料解析と数値実験を組み合わせた結果、中層水断面積変動機構につい,以下のシナリオが成り立つと考えます。まず、「アリューシャン低気圧の南北位置変動」に対する海洋の傾圧応答の結果として等密度面深度が下降(上昇)します。そして、この密度面深度変動が「黒潮反流」の強化(弱化)をもたらし、東方からの中層水供給量の増加(減少)を引き起こすことで「中層水断面積」が増加(減少)するというシナリオです。本研究課題により得られた成果は、中層水の時間変動特性の解釈に役立つのみに留まらず周囲の気候場決定に果たす中層水の役割解明に資するものであると期待しています。 関連する発表論文 Sugimoto, S., and K. Hanawa, 2011: Quasi-decadal modulations of NPIW area in the cross section along the 137°E meridian: Impact of the Aleutian Low activity. Journal of Oceanography, 67, 519-531. 研究費 文部科学省科学研究費補助金 研究活動スタート支援(21840010)(代表) [北太平洋中層水の空間規模変動特性の実態と大気大循環場との関係解明] 2009年度〜2010年度 |