東部混合水域の黒潮分岐流が熱を放出する | |||||||||||||||||||||||||||
学術的背景 黒潮と親潮がせめぎあう日本東岸沖(以下、混合水域)では、冬の間に海洋から大気に膨大な熱が放出されています(図1)。そのエネルギーは400 W/m2以上であり、1000W/m2を超える日もあり、その値・時間変動ともに実に大きいため、混合水域は世界最大の熱放出海域とされています。 |
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混合水域で海から大気に放出される膨大な熱は、上空を通過する温帯低気圧等の多くの大気擾乱 (偏西風経路等) に影響することが報告されています。従来、中・高緯度海域での熱放出量は、大気変動 (海上風) によると考えられていました。その一方で、混合水域では、海面水温こそが主因であるという主張もなされていました (Hanawa et al. 1995,Tanimoto et al. 2003)。このように混合水域の大気海洋間熱交換については,相反する主張が展開されており、未だ明確な回答は得られていません。 そこで、最近、私たちは、混合水域の西部領域を研究対象とし、優れた時空間分解能をもつ人工衛星観測データを用い、大気海洋間熱交換関係関係を調べました。その結果、混合水域の西部領域での熱放出量は、海上風ではなく、海面水温により決まることがわかりました。すなわち、混合水域の西部領域が温かいときほど大量の熱が放出されていたのです。この海と大気の関係は、従来の考えとは大きく異なるもので、海が大気に影響する可能性を示す発見でした (Sugimoto and Hanawa 2011)(詳細は、こちらのwebページをご覧ください)。 さて、図2をみてください。この図は、2005年の冬に海から大気に放出された熱量を表しています。このとき、混合水域の西部領域 (東経150度以西) では熱の放出が著しく抑制されているのに対し、東部領域 (東経150以東) では多くの熱が放出されていることがわかります。この熱放出量の東西コントラストは、混合水域での熱放出変動は東西一様に起こるのではなく、その東西で様子が異なる可能性を如実に表しています。 |
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目的 そこで,本研究課題では,東部混合水域を研究対象とし、この海域での冬の間 (12月から2月) での大気海洋間熱交換関係の実態解明、およびその要因解明を目指します。 本研究では、近年整備されてきた観測資料(大気再解析資料・人工衛星観測資料等)を用いて乱流熱フラックスの時間変動特性、およびその要因を調べていきます。また、東経155度から160度、北緯36度から40度の領域を東部混合水域、東経143度から148度、北緯36度から40度を西部混合水域とします。 研究成果 「東部混合水域での熱放出量変動特性」 まず、東部混合水域での冬季熱放出量の年々変動を調べました。図3の赤線は、東部混合水域平均の海面乱流熱フラックスの時系列です。この図より、東部混合水域での熱放出量は、1990年代前半や2000年代前半に多く、1980年代後半や1990年代後半、2000年代後半に少なく、約10年周期で変動していることがわかります。 |
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ここで、東部混合水域での熱放出変動が、西部混合水域と同期する否か、この点を検証します。図3の黒点線は、西部混合水域での冬季海面乱流熱フラックスの時系列を表します。この図より、西部混合水域では、2000年頃に多くの熱が放出されており、長い時間スケール (約10年周期) で変動していることがわかります。ただ、東部混合水域でのふるまいと比較すると、両海域の変動は同期していないことが明らかです。事実、2つの時系列は統計的に有意な関係にはありませんでした。やはり、混合水域は、「海から大気への熱放出」という観点では、その領域を東西に区分することが必要不可欠だったのです。 次に,この東部混合水域での海面熱フラックスの変動要因を特定することを目指しました。この海面乱流熱フラックスは、バルク公式から計算されるものであり、主に海面水温・海上気温・海上風の3変数によって決定されます (式の詳細は省略)。そこで、海面乱流熱フラックス決定に果たす各変数間 (海面水温・海上気温・海上風) の相対的な寄与を明らかにするために、以下の表1に示す組合せをもとに簡単な数値実験を行いました。ここで、実験1とは、海面水温のみを変化させ、一定値の海上気温・海上風から算出された乱流熱フラックスを指します。以下、同様に、海上気温、海上風のみを変化させ、乱流熱フラックスを求めています(実験2、実験3)。 |
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各実験結果 (実験1〜実験3) と観測値を、位相・振幅の観点で比較・検討を行いました (図4時系列参照)。その結果、位相・振幅の再現性の観点で、実験1 (海面水温だけを変化させて得られた乱流熱フラックス:図4中青線) のみがすぐれていることがわかりました。すなわち、「海面水温」こそが東部混合水域での熱放出量の主因だったのです。 | |||||||||||||||||||||||||||
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この結果は、東部混合水域では、海面水温が高いときほど多くの熱が大気に供給されていることを表しています。 「東部混合水域海面水温変動要因の特定」 上記結果は、東部混合水域の海面水温は大強制により決定されていないことを意味しています。ここで、新たな疑問が生じます。それは、「何が海面水温を決めるのか?」ということです。そこで、東部混合水域の海面水温決定要因を調べることにしました。 東部混合水域での水温変動要因に迫るために、まず、同海域の表層 (深さ0m〜500m) に分布する水の特性 (水温・塩分) を調べました。その結果、東部混合水域の高温期には、高温かつ”高塩”な水が広く・厚く分布していることがわかりました。そこで、この高温・高塩水がどの海域の特性を保持しているかを調べました。水系解析を行った結果、北方 (親潮系) ではなく、南方の”黒潮系水”に起源があることがわかりました。 では、南方の黒潮系水は、どのように東部混合水域に輸送されているのでしょうか? その実態に迫るために、東部混合水域の海面水温をもとに、高温期・低温期に区分し、それぞれの時期の海面流の振る舞いを調べました (図5)。この図より、東部混合水域高温期には、東部混合水域 (図中黒枠) を東西に横断する海流の存在がはっきりとみてとれます。そこで、この海流の起源を知るために上流に遡ると、東経150度近辺で黒潮続流から分岐した流れ、すなわち「黒潮続流分岐流」であったことがわかります。一方で、低温期には、東部混合水域を横断するような海流は観察されません。 |
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以上の解析により、東部混合水域の海洋構造 (海面水温) は、黒潮続流からの分岐流による南方の黒潮系水 (高温・高塩水) の輸送により決定されていることがわかりました。 おわりに 混合水域上では、偏西風が大きく蛇行しています。さらに、この海上を通過する移動性温帯低気圧は、短時間で急速に発達する (中心気圧が24時間以内に24hPa以上も低下する) ことが多々あります。すなわち、本研究課題で得られた成果は、日々の天気を理解し、予報する上で重要な情報であると考えています。 今後は、この黒潮続流分岐流の出現条件を理解することが、日本東岸沖での大気海洋関係の実態に迫る鍵になると考えています。 関連する発表論文 Sugimoto, S., 2014: Influence of SST anomalies on winter turbulent heat fluxes in the eastern Kuroshio-Oyashio Confluence region. Journal of Climate, 27 (24), 9349-9358. 研究費 文部科学省科学研究費補助金 新学術領域研究(気候系のhot spot: 熱帯と寒帯が近接するモンスーンアジアの大気海洋結合変動)・公募研究 (25106702)(代表) [東部混合域での大気海洋間の熱交換に果たす黒潮分岐流の役割解明] 2013年度〜2014年度 関連する解説・情報 気候系のhot spot: 熱帯と寒帯が近接するモンスーンアジアの大気海洋結合変動(新学術領域研究:平成22年度〜26年度)[プロジェクト紹介ページ] 海と大気が織りなす美しい物語 [杉本 記事] |